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横浜地方裁判所 昭和30年(タ)47号 判決

原告 安藤いと

被告 ハロルド・クリフホド・ロビンソン

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、「原告は肩書地に本籍を有する日本人であるが、昭和二七年八月三一日アメリカ合衆国マサチユセツツ州ウイテンスヴイルで出生した米国人たる被告と横浜市所在のアメリカ合衆国領事館において適法な婚姻をなし、その旨の届出をなした。しかして、婚姻した後においても船員であるという被告は家を明けていることが多かつたが、昭和二七年一一月頃から後は全然被告の居住地に帰つて来ることがなく、音信もなくその頃から所在が不明となつた。被告は婚姻当時原告に対し生活費を支給し、或は送金すると約していたが、以上のごとき状態であるため生活費の支給や送金を受けられぬので、原告はやむなく自ら働いて生計を立てている次第である。被告の本国法であるアメリカ合衆国マサチユセツツ州の法律によれば『夫がその扶養義務を著しく懈怠したとき』は絶対的離婚原因になるとされているが、被告の原告に対する前記行為はこれに該当するものである。また本件の法廷地法である日本において裁判上の離婚原因とされている同民法第七七〇条第一項第二号に規定する『配偶者から悪意で遺棄されたとき』に該当するというべきである。よつて原告は被告との離婚を求めるため本訴請求に及んだ。」と述べた。〈立証省略〉

理由

一、離婚訴訟において当事者の一方が日本の国籍を有し、他方がこれを有しない場合に、当該訴訟の裁判権をいずこに認むべきかについては争いがないわけではないが、離婚は人の身分につき重大な関係を伴う問題であるから、いやしくも当事者の一方が日本の国籍を有する限り日本の裁判所において当該訴訟についての裁判権を有すと解するを相当とする。よつて本件につき案ずるに、外国公文書にして真正に成立したと認められる甲第一号証、公文書にして真正に成立したと認められる甲第二号証の各記載及び原告本人訊問の結果を総合すると、訴外安藤鋤次郎、同しまの長女として出生した原告(日本の国籍を有する)とアメリカ合衆国マサチユセツツ州に出生し、同国市民権を有する被告(米国の国籍を有する)が昭和二七年八月三一日同国横浜領事館において婚姻し、即日横浜市中区長にその旨の届出をなしたことが認められ、原告は被告との婚姻の解消を求めるため本訴に及んだものであるが、右のごとく原告が日本の国籍を有するので日本の裁判所は本件につき裁判権を有する。

二、次に日本の裁判所のうちいかなる裁判所が本件につき管轄権を有するかにつき考察するに、離婚訴訟の管轄は人事訴訟手続法第一条の定めるところによつて決定すべきであるが、日本の国籍を有する者とこれを有しない者とが婚姻し、その間に『氏』の定めがなく、従つて日本の国籍を有する者が従前の『氏』を引続き使用するときは右法条によることを相当としないので、その管轄は原則として被告の住所を所轄する地方裁判所に専属するとみるべきであるが、被告が原告を遺棄してその所在が不明であるときその他国際私法生活上の円滑と安全を図るため特に必要な事情がある場合に限り、その管轄は例外として原告の住所を所轄する地方裁判所に専属すると解すべきである。よつて案ずるに、(1) 被告の所在が不明であることは当裁判所に顕著な事実であり(本件については被告の所在が不明のため公示送達を許可した)、(2) 前示甲第一、二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三号証の各記載及び証人安藤しまの証言並びに原告本人訊問の結果を総合すると、原被告が適式な婚姻をなした後、原告の『氏』には別段変更がないこと、原被告は婚姻前半年位前から同棲生活をしており婚姻した後原告の肩書現住所附近に居住し住所を設定していたけれども船員であるという被告は絶えず家を外にしていて時折り帰宅し同棲していたが、昭和二七年一〇月頃被告は原告に米国マサチユセツツ州ウイテンスヴイルに帰国すると告げて右住所を立去り爾来原告の許に帰つて来ないので、原告は被告の告げた場所に郵便を送付したが受取人不明で返送されたこと、被告は原告と結婚するさい原告に対し生活費を支給すると告げ、同棲中(約二ケ月)に二、三度生活費を支給してくれたことがあるが、別居以来今日まで全然生活費を送つて来ていないことが認められ、右認定事実によれば被告は原告に対する扶養義務を著しく懈怠し、よつて妻たる原告を悪意をもつて遺棄したものというべきであり、(3) 原告の住所地は当裁判所の所轄するところであるから、本件訴訟の管轄は当裁判所に専属するといわねばならない。

三、ところで、本件のごとく夫が外国人であるときには、その離婚に関しては法例第一六条により離婚原因たる事実の発生した時における夫の本国法によることとされているので、本件については夫たる被告が市民権を有する米国マサチユセツツ州の離婚法にしたがわねばならぬわけであるが、米国国際私法においては当事者の双方又は一方の住所の存する法廷地の法律を適用することとされているので、法例第二九条により本件については日本の民法が適用せられる。よつて審究するに、前記第二項のうち(2) において認定したとおり被告は原告を悪意をもつて遺棄したものであり、その所為はまさにわが民法第七七〇条第一項第二号の離婚原因に該当するというべきである。(なお、被告の本国法である米国マサチユセツツ州においては「夫が扶養義務につき過度の懈怠をなしたとき」は絶対的離婚原因となるものとされており、前示認定のごとく被告が妻たる原告に対し昭和二七年一〇月頃より同三一年一月三一日本件口頭弁論終結時に至るまで三年有余の間扶養義務を懈怠した事実は右離婚原因に該るものと考えられるから、本件原告の請求は被告の本国法のもとにおいても是認されるであろう)。

四、よつて原告の本件離婚の請求は理由があるのでこれを正当として認容し、訴訟費用は敗訴した被告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

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